第10話 願いを叶えて、お人形さん

 贈り主の願いを、相手に届けるキューピッド。
 手にした相手はどんな願いでも叶えてくれる。
 明日、告白してほしい、とか。
 雨の日に、ぎゅっと手を握っていてほしい、とか。
 もちろん、今夜は身体中に触れてほしい、とかもアリ。
 ね?
 幸せを運ぶおまじない。
 作り方はとっても簡単、紫苑の花で染めた麻の布を人型に縫って、口を二つ描いて出来上がり。
 ただし、誰でも作れるわけじゃない。ポイントは縫い糸。
 人形師が使うのは、一度も切ったことのない乙女の髪。
 これを柔らかく解して糸を紡ぐ技術は、申し訳ないけれど企業秘密。
 その代わり、効果は折り紙つき。
 さあ、そこの可愛らしいお嬢さん!
 アナタも願いがあるのでしょう?
 誰にも内緒、教えて頂戴?
 叶えてくれるよう、お人形に言い含めておくから、ね?
 ……まあ! アナタ、好きな人がいるのね!
 でも、それにしては悲しそうよ……?
 ……まあ、まあ、なんてこと! 奪われてしまったの? 可哀想に……
 いいわ、いいわ、お人形に伝えておくわ。
 あのヒトを取り戻したいって。
 あのヒトをアナタに繋ぎ止めてほしいって。
 でも、それだけでいいの? お節介みたいだけれど、オバさんだったら相手の泥棒猫を酷い目に遭わさなくちゃ気が済まないわ!
 ……え? それはいいの?
 ふぅん、優しいのね……(だから取られちゃったんじゃないの?)
 ううん、なんでもないわ! お代はこちらに、お気持ちだけ!
 可愛くって優しいアナタに、幸多からんことを!
 
   ✿❀✿❀✿❀
 
 ホテルのベッドに潜り込んで数分。すぐに耐えられなくなって部屋を出た。
 聖はアンジュと部屋にこもってなにかしているし、友恵は隣のベッドにいたはずだがいつの間にか消えていた。どうせ夜風に当たりたいだけですぐ戻るつもりだったから、誰にも告げることなく街を歩く。
 予算との都合だけで選んだ安ホテルの周りはお世辞にも治安がいいとは言えないが、夜でも明るいし賑わっていた。
 何気なく通り過ぎた自販機の前で、たむろしていた二十代くらいの男四人組からの「害悪」を察知する。
 どうしようかな。喰い殺すには、周りがちょっと賑やかすぎるかな。なにより美味しくなさそう。
 適当に撒こうと、自ら細い道へ進んでいく。
 桜の歩く速度に合わせて、後ろから「害悪」が追いかけてくる。それを怖いとは思わない。
 不意を突いて雑居ビルの横を駆け出す。追いかけてきた男たちの最後尾、その頭頂部を目掛けて、上階のベランダから降ってきたプランターが落下した。
「ゲッ……」
「大丈夫か!?」
「不運〜!」
「……グゥ……」
 頭を抱える男を笑って、無事だった三人は桜を追う。桜は酒臭い飲食店裏のゴミ箱をひょいと飛び越えた。男たちは狭い路地で幅を利かせたゴミ箱のすぐ傍をすり抜けようとして、最後の一人がなにかに躓いた。
「痛ぇな…… あーぁ、裾が汚れちまったじゃねぇか……」
 ゴミ箱の影から立ち上がりそう言ったのは、明らかに堅気でない、飲食店御用達の用心棒。
「ひっ……」
「アンちゃん、クリーニング代払うよなァ?」
 ここでもうひとり脱落。残った二人はそれに振り向きもせず、前方の桜を追いかける。
「仲間を見捨てるなんてよくないなぁ……」
 お仕置きが必要なので、最後はとびっきりを。
 ここまでついてきた二人を引き付けた上で、わざと大きな音を立て、落ちていたバケツを蹴飛ばす。すると、たまたまカビ臭い空きテナントで行われていたアウトローな取引現場が騒然とし始めた。ビルから飛び出してきた団員に男たちが締め上げられ、怒号と悲鳴がこだまするビルの隙間を、桜は表通りまで一息で駆け抜ける。
 もちろんすべて、桜が身の回りの「害悪」に進んで突っ込んで、被害だけ彼らに押し付けた結果。仲間の不遇を笑って放置するロクデナシには、よい薬になったに違いない。
(……ああ、ちっとも面白くない)
 自分でもどうしてここまで荒んでいるのかわからない。
 会いたい。
 誰か、彼に会わせて。
「……ほたる」
 後ろポケットから、スマートフォンを取り出した。
 
   ✿❀✿❀✿❀
 
 噂を聞いた。
 ひとつ上の階の廊下で、先輩たちが夢中になっていたおまじない。
「魔法のお人形……」
 言葉にしたら胡散臭さが一層際立つ。
 まあ、夜の街に出掛けるだなんて、寮の規則で反省文ものだし。
 エデンは寝たフリに勤しむことにする。
 そんなこと知る由もない先輩たちは、夢中で話し続ける。
「魔法って言ったら嘘っぽいけど、『本当は異能だ』って言われたら信じちゃうよね」
「あはは、ウチらこんな学校の生徒だもんね」
「でもさすがにオーバーじゃない? どんな願いも、って誇大広告かよ」
「それが実証データあるんだなー。○○高の二年生、その人形買って担任とデキちゃったんだって」
「うわ担任キモっ」
「人形ごときに人生終わらされたな……」
(くっっっだらない……)
 駄弁を聞かせないでほしい。こっちは他に考えなきゃいけないことがあるんだから。
 ――どうすればほたるを、あの支部の客室から取り戻せるだろう。
 やっぱり、いつか美鈴が言ったように、無理やり取り押さえるしかないのかな。
「あたしならもっとピュアな願いにするなぁ。好きな人とずっと一緒にいられるように、とか」
 ……
 …………
 ………………………
(………………………………いや、あたしはそんなバカじゃないし)
 頭を軽く振って芽を出した雑念を振り払う。
 ちょうど予鈴が響いて、同時にほたるも教室へ戻ってきた。
「ほたるー、理科室一緒に行こー」
 ほたるはいつも通り、小さく笑って頷いた。
 
 数日後の深夜。
 寮の窓から飛び出す金色のツインテールがあった。
 
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 高校生の間で噂になっているらしい、魔法のお人形。
「馬鹿馬鹿しい。子どもを夜道に誘い出す頭の悪い作り話でしょ」
「……そうだね」
 姉妹で暮らす2LDK、今夜の献立は鮭の南蛮漬けに南瓜のそぼろ煮、豆腐の味噌汁、それからひじきの炊き込みご飯。デザートにはニンジンのカップケーキを焼いてくれている。仕事で疲れているはずなのに、手際よくこれほどの食事を用意してくれる姉は美鈴の自慢であり憧れであり、ちょっとしたコンプレックスでもある。
 さて、食卓の話題にと持ち帰った先の噂はばっさり切り捨てられてしまった。残念ながら美鈴の話題のストックは多くはない。美雪から話題を提供されることは少ないので、今夜のおしゃべりはこれで自然終了になるのだろう。
「……それで? 美鈴はなにか願い事でもあるの?」
「……え?」
 視線を上げる。まさか話を続けてくれるとは思っていなかったので反応が遅れた。美雪はというと、なんでもないみたいに南瓜を口に運んでいた。箸遣いも綺麗だな、と一瞬見惚れる。
 ああ、おしゃべりしてくれるんだ。ならば返事をせねばと考えが至り、慌てて頭を巡らせる。
「うん、そうだね。えっと、トオルともっと、仲良くなりたい、かな」
 ほたるとエデンはこれからもずっと変わらないはずなので、彼女らの次に思いついた少年の名を挙げる。
「……トオル」美雪の箸がピタリと空中で静止した。「……そんなに仲がよかった?」
 姉の声が硬くなった。変なことを言っただろうか。
「え? うん、最近仲良くしてくれるの」
「そう…… いい奴よね」
 いい奴、という評価は姉の中でかなりの高得点のはずだ。視線が泳いでいるのは気になるが。
「……お姉ちゃんは? お願い事とかないの?」
「ええ。人形に頼らなければならないほど切羽詰まった願いはないわね」
 まあそうだろうな、と納得する。姉にとって願いは叶えてもらうものではなく、叶えるものなのだから。
「わかっていると思うけれど、夜に出歩くのは禁止よ?」
「うん。大丈夫」
 ちょうど食べ終わった食器を二人で片付け始める。今日の食事もとてもおいしかった。美鈴もいつか、これくらいおいしい料理を作って、誰かに振る舞ってみたいものだと思う。現在はお湯を沸かすことすら危ないレベルだから、道のりは長く険しい。
 自室に戻ったら日記を書いて、明日の授業の予習と、鞄に入っている教科書の入れ替えを。終わったら適当なファッション雑誌を選んでパラパラめくる。
 時計の長針と短針が重なるころ、もう寝なくてはと雑誌を閉じたとき。

 スマートフォンの着信音に呼び出された。
 
   ✿❀✿❀✿❀
 
 寮母がそろそろ門の鍵を閉めようとしていたとき、声をかけてくる寮生がいた。
 白髪に菫色の瞳。学年の優等生だと聞くが、支部のジュニア隊員として深夜に帰ってくることも多く、寮を預かる身としては少々迷惑に思わなくもない、そんな女子。
「はい、なにか?」
「連絡があったんです、いま担当している事件の関係者から。思い出したことがあるから会いたいと。すぐそこまで来ているそうなので、迎えに行かせてください」
 思わず顔を顰めた。相手はそれに少し遠慮したらしく、「あの、今夜は彼女を支部に連れて行って、わたしもそこで過ごすので。門は閉めていただいて結構です」と付け足した。
 迷惑ではあるが、問題を起こすような寮生ではない。上官の許可証を後日提出する、規則通りの条件で外泊を認め、追い立てるように門を閉じた。
 結局、許可証は翌日中に提出されたので、寮母もあまり気に留めず、すぐ忘れてしまった。
 
   ✿❀✿❀✿❀
 
 これは呪いのお人形。
 どんな綺麗な願いだって、裏には醜い欲望が蠢いている。
 それをねじ曲げて実現する、小さくて可愛い、悪戯好きのディアブロ。
「ね? 素敵な異能でしょう!」
「……確かに強力ですね」
 彼女の趣味にはまったく共感できなかったが、これも仕事だと無表情の下で飲み込んだ。
 風音はレディ・ハートの夕食に同席していた。いくつも並ぶ薄い皿の上には、何の肉か知れない料理たちがてらてらと盛られている。風音も一緒にと勧められたが丁重にお断りした。
 ちなみに、ユーリには打ち合わせだと言っておいたのだが、直前になってどこかへ逃げた。
(覚えてなさいよ、本番ではこき使ってやるわ……)
 そう心に決め、風音はレディ・ハートの問いかけに淡々と応じる。
「お人形は緋の心臓へ渡ったのよね?」
「ええ、今も大切に持っているはずです」
「それじゃ、貴方、早く『針』を彼に突き立てて!」
 レディは興奮しているのか、ワントーン高い声で『人形師』の異能者に指示を出す。
 ――この人形は、魔王へ注ぐ毒の器。
 仕込んだ髪は針となり、身体の内側へ忍び込んで、神経系を支配し意のままに操る。血肉にまで伸びた根が要らなくなった人形を腐らせるので後処理の手間もない。
 レディのもとまで心臓を運ばせたら、魔王の身体は用済み。魔王陛下は誰にも知られることなくひとり土に還ることになる。
 悪趣味な敵に目をつけられたなと、風音は内心、理仁に同情していた。だからといって助けるつもりもないが。
「レディ。現状、緋の心臓をすぐに呼び出すのは危険が多いです。まずは緋の心臓に教え込まなくてはなりません。『己の周りは、行く手を邪魔をする敵ばかりだ』と」
「ええ! ここへ心臓を運んでもらう前に、厄介者はある程度処分しておきましょう!」
 人形師は主人の指示に従い、理仁の意識に介入する。
 
 ――目障りな仲間を処分せよ。

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